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Diary

主に音楽と漫画、創作物に耽る日々。
一言コーナー:母校がアニメの聖地になりました。
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桃種クオリティは改めて異常
久々再会のゾンビローンを読みましたが、
毎話読む度に感心する桃種クオリティは異常。
漫画家目指す人が居るなら迷わず読めと言いたくなる。

この人達の凄い所は、高いクオリティなのに柔よく剛を制すというか、
例えばローゼンなんかも出版社のふがいなさから移籍したけど、
そうした状況の変化に対応し、新規読者向けの展開から始めた。
確かなスタイルを持ちながら、状況変化に柔軟に対応できる持ち主である事。
そして、確かな知識量と計算に基づく事である。
SF方面を中心に様々な知識を引用し、それらを用いながらも独自の世界観を構築する。
「“創作”が純粋なオリジナルなどありえず、過去の産物の再構築に過ぎない」事は、
世界の坂本龍一も口にしてもはや当たり前の話ではあるが、この“創作”の教科書の様です。
そして時代にマッチしたキャラメイク。
カゲキな変態さんな玄人志向の人物も居るが、
陰鬱なキャラクターも、実はちょっと可愛い趣味などがあって、親しみやすさを意識している。
今や定着しきった感のあるツンデレも定着する前から取り入れられており、
「姉妹全員なんらかのツンデレ要素を持つ」と言われる、
ローゼンメイデンのドールを見て分かる様に、そのパターンも非常に豊富なのだ。
さらに台詞回しも素晴らしい。
本筋にはムダがなく、節々のギャグにも独特の表現がさらっと差し込める。
また、確りしたテーマをちゃんと込める事で、商品ではなく作品としての地位を確立しており、
そのテーマも読者に身近、つまりベタなものを選ぶ事で共感を得ており、
その独自の世界観と魅力的なキャラを背景にする事で展開がベタでも受入れられる。
事実、「しゅごキャラ!」は既に古典的とも言える変身ヒロインものを取り入れつつも、
それで戦う事そのものを作品の主体に置いてはいない。

ちょっとしたもののはずみで売れるなんて漫画家はよく見るが、この人達は明らかに違う。
これらは豊富な経験値に裏打ちされた緻密な計算に基づく、
作品をどう見せるかをちゃんと心得ているのだ。
そうと理解して読んでもその実力の底がまだ見えない。

そこまでの実力を持ち、講談社漫画賞も獲得する今最も売れっ子の漫画家でありながら、
公式サイトでの豊富なコンテンツ、詳細な情報発信を心がけ、
(印刷とはいえ)FLを全部返すという徹底したファンサービスぶり。
これは長年同人で培った意識が強く作用しているのではないかと思うが、
一体どこまでバイタリティがあるのか。
作品性と商業性を両立させるだけでも多くの作家が頭を悩ます中、
その上顧客満足度まで上々。超人である。

敢えて並に近い部分を挙げるとすると、
作画に少しクセがあり、デフォルメ多用が嫌いな人にはやや物足りないかもしれない。
時々デッサンが乱暴と感じる時は無くもない。
だが、クセなどというものは無ければ無個性でもあるし、
衣装などのデザイン能力も、ドールの趣味などから活かして相当バリエーションがある。

豊富な経験値に裏打ちされた緻密な計算に基づくその作品作りは、
言わば、“センスのある天才”ではなく、“相当な努力を積んだ秀才”の類。
勿論全く同じになどなれるはずもないが、
感覚としては相応の努力を積めば近づける、作り出せる作家なのだが、
その相応の努力が半端じゃない。“努力の天才”型の作家。
個人的にはここまで完璧な漫画家は見た事が無い。

いやもう、ホントこの人ら凄すぎるって。
| 漫画:PEACH-PIT | 05:55 | comments(2) | trackbacks(0)
奴隷と云う名の人間の鏡
「DearS」という作品。

以前にも紹介した事があるが、この「DearS」という作品は、
遭難した奴隷種族の宇宙人が最近日本国籍を得たという世界で、
主人公のタケヤの下に、突然その奴隷種族ディアーズの一人のレンがやってきて、
他にも色々やってきて、毎日ドタバタのハーレムラブコメ…。
一見ではそういう非常によくある作品に見える。

だが、「DearS」という作品はそれだけではなく、深い。
まず、主人公・タケヤとヒロイン・レンの関係は非常に面白い。
タケヤは進路など、自分の事には曖昧で、
ただ(文句を垂れながらも)他人の世話をしたりする姿が多い。
勿論、居候宇宙人のレンはその際たる人物。
一方、レンは自分の事は曖昧ではない。
「タケヤに仕える奴隷」である事に喜びを感じる。

しかし、タケヤにはそれは「自分を捨てている」と映る訳です。
そして、レンに“レン自身の為の行動”を要求するんですね。
この感覚は極めて普遍的な感覚で、
この行動はタケヤの他人思いの部分を引き出し、好感度に繋げている。
でも、レンはそれ(=タケヤに仕える)を既に実行しているんですね。
何故、それが奇異に見えるのかというと、
それはレンが「1.自分で考える→2.結論を出し行動する」という、
人間の思考過程の1を飛び越えているからなんですね。
奴隷種族という設定でそこらの不自然さを失くし、
さらに例えばペットの兎が動かなくなったからもう捨てた、
等の行動の奇妙さも、拍車をかける演出となっています。
あくまでレンにとってはそれが自分自身なのだけど、
タケヤ=読者の視点からは、まるで機械の様にも見えるんです。

一方、タケヤの進路というのは大きくピックアップはされないものの、
重要な要素でして、彼はそこにもなかなか踏み出しません。
この手の漫画にありがちな優柔不断というヤツですが、
「自分自身が何処へ行きたいか」という、
1を考えても、なかなか2に踏み込めないというのは、
誰しもが経験のある事ではないでしょうか。
そういう意味では彼は凄く人間的です。
二人の中で個人的に印象的で目が覚める様な描写があります。
やはりタケヤが進路に対して悩んでレンと話していると、
レンは「大丈夫。レンのご主人様だ」という様な台詞を発します。
この時のタケヤは「レンに言われてもなぁ」という感じなのですが、
この関係こそがレンが持っていてタケヤが持っていないもの、
タケヤが持っていてレンが持っていないものを端的に示しています。

つまるところ、タケヤが持つ自我はレンには欠けていて、
レンが持つ自我はタケヤに欠けているのです。
自我と云う言葉を分解すれば、
タケヤは「目的」を、レンは「行動」を司っている。
そしてその違いでもって時に触れあい、時にすれ違いを演出しています。
また、レン自身が悩む姿が余りないので印象も薄いですが、
ディアーズは何故最初から奴隷となる道を選んだかと云うと、
「必要とされなければ死んでしまう」という、実は生々しい人間的な理由であって、
「考える」事を止め、奴隷になれば良いという理屈です。
生きる手段を合理的に突き詰めた結果、
もはや人とは違う機械の様な種族になっている。
でも、その理由は「必要とされたいから」という、
極めて人間臭い当たり前の理由なのです。
そう考えると人間とディアーズの違いがたゆたって見える事に、
空恐ろしさすら感じます。
目的の為に動作を追求した結果、もはや自身を見失っている。
それがディアーズという奴隷種族です。

こういった構造を、レンを奴隷という種族に設定する事で、
無理なく描いているというのも上手いですが、
それ以上に深いのは、それがこの手のジャンル自体への、
強烈なアンチテーゼを内包している点です。
ここまで説明上、レンのみとなっていますが、
実はレン以外にもタケヤに好意を抱く、
奴隷種族・ディアーズはたくさん出てきます。

詳細は省きますが、終盤でディアーズの一人・イオが、
自らの種族の存続の為に人間を滅ぼそうとします。
「彼らは愛される事ばかりを望み、愛する事を怠っている。」
この後に「この地球上で戦争の無い時代は100年にも満たないという」と、
スケールの大きい台詞が付きます。
これだけでも結構耳の痛い言葉ですが、
突き詰めれば、それは単なる性悪説でしかありません。
このイオは、この台詞を言う前にタケヤに、
「イクハラタケヤ、あなたはレンを愛していますか?」と、
問いかける場面があり、
コレに対してタケヤは明確な回答ができませんでした。
これは言ってしまえば、
「タケヤは(誰かに)愛される事ばかりを望み、
(誰かを)愛する事を怠っている」という事です。
そして、レンは奴隷という設定。
これは宇宙人・奴隷という設定で、落ちモノの王道を押えて、
奇異な思考・行動の説得力を損なわずにいるだけでなく、
「ハーレムもののヒロイン=愛する事を怠る主人公の奴隷」
という痛烈すぎる皮肉を表しています。
奴隷は主人を裏切ってはならない。
ヒロインは主人公に惚れ続けなければならない。

この2点に着目すると「DearS」という、
一見よくあるオチモノハーレムラブコメの、
真実の姿が見えてくるのではないでしょうか。
この辺りをくどくなくごく自然に織り込ませる、
千道女史のバランス感覚には、舌を巻く思いです。
評価:
PEACH-PIT
角川(メディアワークス)
¥ 599
(2005-12-17)
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| 漫画:PEACH-PIT | 04:24 | comments(2) | trackbacks(0)
遠ざかる冬の日に 消えゆくものを見た時 掌に溶けてゆく 想いをしまい忘れる
♪風のゆくえ / the end of genesis T.M.R.evolution turbo type D(作詞:井上秋緒 作曲・編曲:浅倉大介)

【えらいことになりそうです】

↓にも記した「しゅごキャラ(6)」明後日発売。
私は速攻で取り置きして貰いますが、konozamaamazonでは既に特装版は予約売切。
だが、それよりも衝撃のニュースが…!
謎の終了から1年…あの作品が回帰する!?
それも我らが河下女史のホームグラウンド・集英社発行のヤングジャンプよりとの事。
ももたね公式サイトでもメルマガでも予定のなかったトップシークレットのようで。
今週水曜日はももたね祭になりそうです。
| 漫画:PEACH-PIT | 04:01 | comments(0) | trackbacks(0)
リアリティーなど欠片もない 行きずりの切なさに抱かれ
♪氷葬/Hoarfrost / 壬生攻介(藤田玲)(作詞:井上秋緒 作曲・編曲:浅倉大介)

【テストには勿体無い仕様】

数日前から耳に入っていた「ALICE PROJECT」が稼動したので、
早速私も参加。そして、こちら↓が私の作った台詞。
なんか真面目で申し訳ないが。
作りこむと1時間の制限では2,3個しか作れないかなぁ。
この混雑状況だと。

ローゼンメイデン アリスプロジェクト
30分ほど調整を経てなんとかモノにできた。
投稿可能時間ギリギリで反映されてなきゃorzだったが。

ローゼンメイデン アリスプロジェクト
こちらは昨日のド深夜にこしらえたもの。
音声合成の調整コーナーが機能してなかったので、
「?」などを付けて誤魔化しています。
| 漫画:PEACH-PIT | 00:36 | comments(0) | trackbacks(0)
サテライトは甘い言葉 錆びたヒューズ泳がせる
♪Genetic Bomb / Iceman(作詞:伊藤賢一 作曲・編曲:浅倉大介)

【これは…】

※きな臭い話題ではありますので続きを、で。
続きを読む >>
| 漫画:PEACH-PIT | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0)
真実は そこにあると信じて 宿るもの
♪Robots / 浅倉大介(作詞:麻倉真琴 作曲・編曲:浅倉大介)

【中二病かもね】

作り手と受け手の間にはコミュニケーションが確かに存在する。
…ようで存在していないような気もする。
木根尚登氏は「作品はリリースした時点でもう聴いてくれる人のもの」と述べたそうだ。
この世のあらゆる創作物はそういうものである。
ただ、それとは矛盾して受け手は作り手が込めた答えを望もうとする。
何故なら、それもまた「創作物」であるからである。
それは勿論人それぞれの個性、生まれ育った環境、
捉えた時の心情、それぞれに委ねられ、幾重もの答えが存在する。
ある程度似通ったものをカテゴライズする事も出来るが、
集団に埋もれて見る答えは正しいのか間違っているのか、
気付かないまま判断を他者に委ねている。
中には集団に埋もれて思考停止に陥る事もあるでしょう。
それはさておき、受け手が捉えるその作品の姿とは、
文字通り個人によってまちまちである。
が、当然ながら不自然、ナンセンスな点というものは排除、
若しくは理解不能として処理され、
その部分はきっとその人にとってのその作品の「欠陥」でしょう。
この世の何処にも完璧などありはしないのだから、
それが生まれるのは必然であり、悪と呼ぶには酷である。
ただ、それを見ないフリするのと見て受け止める人とどちらがナンセンスだろうか?
更に話がそれましたが、こういったものを、
作り手が受け手に贈り、受け手が作り手に還す、
コミュニケーションと呼べはしないだろうか……?

前置きが長くなりました(しかもそれほど大事な事ではなかったり・苦笑)。
「ローゼンメイデン(8)」のPhase43について色々思う所を書き出してみようと思う。
一話も説明していない中で現時点最終回の話を説明するというのはどうかと思いますが、
正直言って他人に見てもらう為というより自分用に近いパーセンテージは遙かに高い。
勿論ある程度理解して欲しい方も居てくれるととても嬉しいが、
全く違う作者のファンサイトの日記である以上、それは期待するのが馬鹿でしょう。
そんな訳で、イチから説明ではなく、「ローゼンメイデン / PEACH-PIT」を、
ある程度読んでから…という前提で書こうと思う。
今後もしかしたら入門的に紹介するかもしれないが、
今はとにかくこの記事を書いておきたい。


■Phase 43
雪華綺晶の罠にかかり、次々と絵画に囚われてゆく乙女達。
最初はめぐを使って水銀燈、
夢の中で創り出した(?)蒼星石を使って翠星石を、そして直接真紅を。
既に雛苺の体は精神(アストラル)のみの存在である雪華綺晶の器となり、消滅している。
ただ一人、金糸雀のみが生き残り、雛苺の人工精霊ベリーベルと共に、
事態をのり、そしてジュンに告げる。
翠星石、真紅が契約を解いた事により、彼の左手にはもう指輪はない。
全てを知るには余りにも遅すぎた。
しかし、囚われの乙女達の為に彼は現れたラプラスの魔の問いに「扉を開ける」と答え、
彼女らが待つnのフィールドへ往く。物語はここで一旦の終末を迎える。

どこから始めれば良いか難しいがとりあえず書き出してみよう。
まず、雪華綺晶。彼女は他の乙女達とは決定的に違い、
実体を持たない精神(アストラル)のみの存在なのである。
彼女自身はローゼンこと造物主たるお父様が、
「物質世界に縛られる事がアリスへの足枷なのか?」と判断し、彼女を作り上げたという。
この雪華綺晶の存在は非常に面白い。
全ての薔薇乙女は、「アリスゲーム」というものを宿命付けられている。
互いが互いを滅ぼし、最後に残った一体が、
彼女らの魂「ローザミスティカ」を一つに合わせる事で、
アリスへと孵化し、「お父様」に会えるというゲーム。
物質世界に縛られるというのは、
現世、つまりは人間の世界に縛られるという事ではないだろうか?
事実、アリスゲームというものを宿命付けられているにも関わらず、
物質世界に縛られている他の乙女達のこの宿命への取り組み方は様々であり、
真紅は「私なりにアリスゲームを終わらせる」、
翠星石は「争いごとが嫌いだからアリスゲームはどうでもいい」、
雛苺に至ってはアリスゲームどころではなく、
孤独からの解放と人間との触合いを求めている。
金糸雀もまた彼女らに触発され、ジュン達人間達と触れ合う事に自らの幸せを願う。
この基本ルールに則ってのアリスへの孵化を強く切望しているのは水銀燈くらいなものである。
しかし、雪華綺晶はそういったローゼンの言葉を取ってみれば、
「物質世界に縛られる」事のない特殊な乙女。
だから、アリスへの孵化という欲求が純粋に染まっているのではないだろうか。
端的に言えば雪華綺晶には遊びというものがない。
アリスへの孵化の為なら人間の心すら自身の糧としか捉えない。捉えられない。
何故なら彼女は「物質世界に縛られ」た事がないから。
イリアのイリアステル、一点の穢れもない魂と器…
それは、正しく完璧な乙女人形に近い存在。
だが、皮肉な事にそれは極めて無機質で、極めて機械人形そのものの存在に思えてならない。
純粋故の狂気、とも呼ぶべき存在であるように思う。

第1ドールの水銀燈もやや彼女に近い。
人間を糧としか捕えていない、と真紅に言われているし、
契約なしで人間の力を奪えるくらいなのだから事実過去もそうだったのろう。
また、最後の乙女・雪華綺晶と並んで最初の乙女である彼女もアリスへの執着が強い。
これは「最初」と「最後」のローゼンの気合の顕れだろうか?とも思うが、
しかし物質世界に生み落とされた水銀燈は、人を糧としか捕えていなくても、人と接している。
雪華綺晶の様にオディールを離れた所から騙したり、
といったものとは全く違って存在を認知されている。
それまでの水銀燈は恐らくその力に媒介達に恐れられてきたのだろう。
アリスへの執着の強い彼女にとって人間は糧でしかない。
逆十字を纏わされ、どれだけ他人に愛されなくてもお父様に愛されれば…?
しかし、一向に成し得ないアリスへの孵化、そして孤独。
それが雪華綺晶が語るように、愛から憎しみにもなっていたのだろう。
そんな彼女が出会った病弱な少女・柿崎めぐ。
不完全な存在である事への嫌悪、愛されたいと願いながらも憎む父親。
奇しくも水銀燈と同じ境遇であり、そんな彼女は自分を「天使」と呼び、慕う。
これまで触れられなかった共感、共鳴。
それは真紅曰く「人間を糧としか捕えていない」水銀燈の変化であり、
彼女自身も気付いていなくとも、人間と人形の間に出来た絆であろう。
しかし、そんな水銀燈の想いさえ一縷の躊躇いもなく、
雪華綺晶はめぐを利用して引き込んでしまう。
最後に水銀燈が叫ぶ「待ちなさい!…めぐ!!」。
それは自分達を「絶望する為に生まれてきた存在」と称し、
孤独にその身を置いてきた水銀燈の台詞とは思えない、
他者を求める姿であったように思えてならない。

この作品のヒロインこと第5ドールの真紅は直接、雪華綺晶に捕まり、
ジュンとの指輪の契約を解く。それはジュンを守る為…しかし、指輪の契約を解く事は、
雛苺のようにアリスゲームの棄権を意味している。そのまま彼女は囚われてしまう。
彼女の言葉にはある種哲学的(プラトン?)で達観じみた印象が連載初期からあるが、
この辺りを含めて後で詳しく説明するとしよう。

そして更に翠星石もまた、雪華綺晶の罠に嵌ってしまう。
姉妹の仲で最も親しかった蒼星石が現れ、
最初は偽者、或いは操られた存在と解りながらも、堕ちてしまう。
寂しがり屋で泣き虫の彼女は言う。
「目をそらして見ないフリをするのはもっと嫌です…」
それは彼女にとって目の前の蒼星石は真であり、虚ではないという意味。
だが、読者が見る現実は逆である。
彼女がジュンにもかつて言って彼を成長させた言葉、
「そんなのは過ぎ去った事。人間にはもっと大事な今がある。」
読者としてはその言葉をむしろこの時の翠星石に送りたくなってしまう。
翠星石は指輪の誓いを解いてしまうが、帽子を被せると蒼星石に変化が現れる。
片目からは茨が、そして「す…い…あ…逃」。一瞬だけ蒼星石本来の意識が顕れる。
それはもしかしたら既に水銀燈が囚われた事で、同じ雪華綺晶の支配するnのフィールド内で、
水銀燈が持つ蒼星石のローザミスティカが働いたのかもしれない。
しかし、それも時既に遅く、翠星石は今ではなく過去の幻影にしがみついてしまう。
「ずぅっと 一緒ですよ…ッ」
それは、変化を重ねる人間だから今があり、
人形である自分達には当て嵌まらないと思っているからだろうか。
しかしこの時といい、
Phase41の「ただの人形の方が…ずっと幸せです…!」という台詞といい、
翠星石こそが人形の中で最も人間臭く、弱さを持つように思う。切ない程に。
夢の中の蒼星石が「闘う事をやめて」と言って応えるその姿といい、
「ただの人形の方が…ずっと幸せです…!」と、感じた他者との絆の変化、
そしていつかは必ず訪れる別離、
更にはその中で蒼星石、雛苺と、目の辺りにした永遠の別離に、
彼女は真紅の言葉は綺麗事であり、「何も残らない」と言う。
その言葉には一理あり、真紅も反論ができない…。
そんな彼女だからこそ耐えられず、変化の無い永遠にしがみついて囚われてしまう。
たとえそれが偽りだとしても。

ついでにこの時点で既に食われている雛苺だが、彼女は6番目の乙女であり、非常に幼い。
ローゼンはどういう意図で6番目に彼女を造り上げたかは知らないが、
幼子の魂という純粋に近い存在にする事でアリスへ近づけると思ったのだろうか?
ただ、彼女はアリスはおろか身近な他者の温もりを求める文字通りの赤ちゃんであって、
それが失敗作の所以なのだろうか…。
尚、そんな彼女は「大切な人達の大切な毎日を守りたい」と言って、
金糸雀に大きく影響を与えている。

最後に真紅に戻るが、そんな翠星石と比べて幾分真紅は大人である。
彼女は連載初期に「全て(の存在)は観念なのよ」と言っているが、
非常に哲学的だ(恐らくプラトンに影響?)。
既に彼女が雪華綺晶に囚われた時にジュンを守る為に、
指輪の誓いを解くという選択をする土台があるような気がする。
(勿論、この事態自体は彼女にとって望んでいた事ではないだろうが。)
確かに感じられる絆があるから、たとえ二度と逢えずとも、
滅ぼされようとも、必ずジュンは自分を忘れてはくれないだろう。
「この子が"ここは居場所ではない"と思ってしまったのならそれは存在しないのと同じ
ただの物になってしまうわ。」とはボロ雑巾になった人形への1巻の彼女の言葉。
裏返せば、「"ここは居場所である"と思えれば、
存在が見えなくとも「ただの物」にはなりえない」とも言える。
そんな真紅は雪華綺晶に言う。
「かわいそうなのは貴女だわ。器を持たない貴女は生命の糸も必要としない。
絆という繋がりを……」
ジュンに出会い、彼も変わり、欠落を酷く恐れてきた自分も変われた。
人間と人形、その事実は変わらないと言いながらも、互いが互いに影響を及ぼし、
変化させ、成長させている点は同じで、その温もりを、絆を確かに感じられる。
食われてしまった雛苺、蒼星石やジュンという他者に甘えがちで弱い翠星石、
この騒動からただ一人残る金糸雀も抱き、
あの水銀燈でさえめぐとの間に芽生え始めていたその感情を、
持ち得ない雪華綺晶を可哀想と称して哀れんでいる。

果たして、物質世界に縛られる不完全で人間臭い乙女と、
精神世界で穢れの無い魂を持つ完全に近い機械の様な乙女と、
どちらが至高の少女(アリス)に近いのだろうか…?
もしかしたらそんなものは存在し得ないのかもしれない。

最後に残った金糸雀だけが桜田家に戻り、雛苺の人工精霊ベリーベルと共に、
雛苺の消滅をのり、ジュンに伝える。
のりはそのあまりに残酷な宿命に泣きじゃくるが、金糸雀は「泣かなくていい」と言う。
宿命に対して自分達それぞれの理由でそれぞれの方法で「闘っているから」であり、
それが薔薇乙女としての誇りだから、だと。
大袈裟かもしれないが、なんだか薔薇乙女達は人間世界の縮図の様にも感じた。
滅びを宿命付けられ、それぞれがそれぞれの理由で闘い合ったり、仲良く過ごしたり…。
その中で眠りと再生を繰り返すも、いつかは必ず塵と化し、無に還る。
だけど、大事なのは「観念」という名の存在証明。

「闘う事は生きる事」
その真紅の言葉をジュンは思い出す。
彼が重い扉を開いた事は間違いなく、それは世界の中では極めて矮小な、
しかし彼にとっては大きな一歩である事に変わりないと思う。
ただ、ジュンは独りであることに変わりはなかった。
例え不安や恐れを乗り越えて肉体を元に環境に戻れたとしても、
独りよがりに他者を顧みず、信じられないままでは、
それは肉体的な環境が独りであるのと何か違うのだろうか?
ただ「生きているだけ」ではないか?
ジュンと薔薇乙女達の「闘う事」はそれぞれ違う。
でも人間それぞれだって個々によってそれは違うし、
大事なのはその中で如何に他者との繋がりを大事に出来るか…?
そんな事を彼は悟れたのだと思う。
また、逆にこの独りよがりのジュンの、何だか遠くの結果ばかりを求めている姿は、
目的のためだけの動作しかしない雪華綺晶とも重なって見える。
雪華綺晶は個人的には↑のように端的に言えばラスボス的な存在、に思うのだが、
考えを廻らせる内に、ジュンの鏡面的存在と考えた時は少し身震いがした。
しかしまだ遅くは無い。彼は彼の大事な小さな友人達を救う為に、
自らの意志でnのフィールドへ向かう。
その先にあるものは…?

その水先案内人・ラプラスの魔は、言う。
「箱の中の猫が生きているのか死んでいるのか…全ては開けてからのお楽しみ。」
これはシュレーディンガーの猫という物理学用語の事を言っています。
私も詳しくは無いのですが、「ラプラスの魔」と「シュレーディンガーの猫」は、
古典物理学と近代物理学(量子力学)の違いを指すものとしてしばしば比較される概念だそうです。
簡単に言うと、ラプラスの魔は「全ての現象は確率によって予測でき、運命付けられている」。
シュレーディンガーの猫は、「例えば密封された箱の中に猫を入れ、毒ガスのスイッチと、
何も無いスイッチのどちらか解らない装置を付ける。
この状態だと、スイッチを入れて猫が死ぬか生きるかは不明で重なり合っている状態で、
開けてみないと死んでいるか生きているかが判明できない。」というお話。
はっきり言って文系の私には全然よく分かりませんが、
要するに、確率によって支配されている世を、
確率によって我々は理解できる/理解できない、と、
大きく見識が分かれてしまう、という違いだと解釈している。
ただ、過去の概念である「ラプラスの魔」が「シュレーディンガーの猫」を語る、というのが、
なんとも趣を感じ、そして妙に説得力を感じる。
勿論箱の中の猫とは、薔薇乙女達のことを指しているのは言うまでもない。
だが、扉で繋がる世界は、扉を開けてみないと解らない。
その先に待つのはもしかしたら悲劇かもしれない。
それでもジュンは「開ける」を選んだ。彼女らを連れ戻す為に。

その先の話は語られず、物語自体は今の所これで完である。
扉がある限り世界は終わらない…
これはつまり作者の「未完」を意味するメッセージではないだろうか。
それ以外にも正直クドいなと思うくらい、ストーリーテラーになっているラプラスの魔は、
饒舌にそれを語っている気がする。
様々な"作外の不協和音"(ホント嫌な話です)が乱れ飛ぶこの作品だが、
終わらすにしては随分と未完を示唆するメッセージが多すぎる気がする。
勿論、逆に言えば「扉がなければ世界は終わる」とも言える。
実際、扉の向こうを知りもせずに飛び込んだジュンを勇敢と呼ぶべきか、
無謀と呼ぶべきか、とも称している。
ただ、ジュンの意志「開ける」という事は作者のメッセージな気がしてならない。
新しい扉、という媒体(=雑誌?)はない。ただ主人公の「開ける」という意志は確か。
正直こういったカンジのSAD ENDというのも決して理解できないものではないので、
このまま終わってもまぁそういうもんかなーとやや冷ややかに見ている自分も少しある。
とゆーのも多くのファンが今回の連載終了に納得していない訳だが、
愛されているからこそ、安易な連載再開はして欲しくないのである。

勿論ここまで書いてきた事は完全に僕が勝手に思った事であり、
最初で書いたように作り手の意識からはかけ離れているかもしれない。
でも、単なる萌えやほのぼのした雰囲気だけでは終わらない、
正直舌を巻くような哲学すら感じられるこの作品は、
(といっても自身の無知故に哲学っぽいもの、としか感じられないがorz)
間違いなく作者の愛情が入っていると思う。だからこそ大事にして欲しいと思うのだ。
水銀燈がジュンをお父様と勘違いした所とか、色々伏線が回収されていないのも事実だが、
環境と時期が相応しいと判断した時に続きを描いて欲しいと願って止まない。

勿論こんな小難しい事とは別に単純に薔薇乙女達は可愛らしくてイイと思うし、
それだけでも見る価値はあると思う。
ただ僕はそれだけの漫画について真面目に考察したりした事は一度もないし、人に薦めはしない。
だから、是非触れてみて欲しいと思う。

P.S.今度、プラトンとか図書館で調べてみようかな…そしたらもっと色々解るかも。
評価:
PEACH-PIT
幻冬舎コミックス
¥ 504
(2007-06-23)
| 漫画:PEACH-PIT | 19:16 | comments(0) | trackbacks(0)
天使も夢も 背を向ける街で 笑ってみせてやろう
♪Angel Dust / Iceman(作詞:井上秋緒 作曲・編曲:浅倉大介)

【買っちゃったなぁ】

ニコ動で視聴してた訳だけど、結局買っちゃいました「Leer Lied / kukui」。
で、結局ローゼンのアニメは全然知らないんで、
世界観の味わいは勿論あるが、純粋に音楽好みで買いました。
いやー、言うてもアニソンのCDを買うのは初めて。
(アニソンといっても大ちゃんだったりだったから。)
個人的には「空蝉ノ影」「透明シェルター」「Eden」辺りが好み。特に「Eden」!

で、昨日言ってた通り「しゅごキャラ!」の2,3巻も買いました。
7月には4巻も出て画集も出る。明日はローゼンの最終巻。
6,7月はPEACH-PITさんにかなり貢ぎますねぇ…。
出費がかさむなぁ…(@_@;)
| 漫画:PEACH-PIT | 21:34 | comments(0) | trackbacks(0)
ぬくもりは今 永遠の やすらぎを伝えはじめた
♪大地の物語 / TMN(作詞:小室哲哉 作曲:木根尚登 編曲:小室哲哉)

【今俺の中でPEACH-PITが猛烈に熱い】

えっとですね、ついに桃種先生ことPEACH-PITさんの少女漫画、
「しゅごキャラ!」にも手を出しました。
こちらは完全なる少女漫画、それも割と低年齢層向け。
しかしそんな事とは関係なく、
中古でもなかったので普通の書店で中身も見ずに作者買い。
全然楽しめたので、明日2,3巻も買ってきますノシ
これでコミックス既刊はコンプ。
でも、桃栗先生なみのクレイジーファンにはならないつもり。
WJ所属の漫画家さんだと、Jフェスタでの出展があるのが痛い所だが、
WJは滅多として特有の書店限定での初回特典を付けたりとか、
在京のアニメ・漫画イベントで出展とか地方泣かせな事をしないので、その点は助かる。
中小規模の出版社はそういうのばっかするのでマニアとしては厳しい。

で、それとは別にニコ動などで今頃ローゼン関係のものを聴いたり見たりしている内に、
主題歌やイメージソングを一貫して務めてきたkukuiというユニットが、
かなり気に入ってきてしまった。
うーむこれはアルバム「Leer Lied」買おうかねぇ〜。
好きですねぇこういう系統。
でもアニメ自体は全くよく知らん。


↑桃栗先生の絵を描かずに桃種先生の絵を描いてました。水銀燈です。乳酸菌摂ってるゥ〜?
左が「しゅごキャラ! / PEACH-PIT」。うーんこうやって見るとなかなか買うのは恥ずかしい…。
下にはちょこっと藺草の座布団。フローリングに直に座っていたのでいい感じ。
| 漫画:PEACH-PIT | 02:06 | comments(0) | trackbacks(0)
幕が下りない 手加減もない
♪SLASH! / 宇都宮隆(作詞:井上秋緒 作曲・編曲:浅倉大介)

【大した用事はないけれど】

「ZONMBIE-LOAN / PEACH-PIT」マジで面白い。
うん、本当引き込まれるわこの作家さん。
いつか詳しく紹介したいな。
ローゼンが独り歩き感あるけど、全部好きです。
しゅごキャラ!も思い切って買っちゃいますかぁ?

[私信]
>よこやりさん
メールの通り、次期ATFのトップ絵はお任せいたします(・∀・)ノ
ウチはウチで、美鈴描く予定がありまして…。
| 漫画:PEACH-PIT | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0)
空に抱かれ海に還る 雨のように流れてゆく
♪REGRET / access(作詞・作曲・編曲:AXS)

【桃種先生】

二次小説、過去に類がないほどアップ後の手直し入ってます。
もう流石にないと思います。ってゆーかナシにしなさい>自分
申し訳ありません。

で、それはともかく私の中で作家さんがどれほど好きかというのは2段階ありまして、
まず1.作品が好き(他の作品は様子見)→2.作家さんにぞっこん(作品は作者買い)と、
こんな感じで重症になってくわけであります。
で、今回「ローゼンメイデン」→「DearS」でまだ作品好き止まりになっていました、
PEACH-PIT先生ですが、「ZOMBIE-LOAN」に新たにハマり、
新たに作者名だけで作品買っちゃうような、ぞっこん作家になったようです。
「ZOMBIE-LOAN」はまだ1巻しか持ってないけど、明日全巻探してくるノシ

「しゅごキャラ!」はかなり低年齢層向け少女漫画っぽい?のでどうなるかまだだけど、
このまま行くと買うでしょうな。
基本シナリオは千道万里さん担当なので、この方のストーリーメイクが凄いのでしょうけど、
オリジナルの連載漫画はなんと現在まで、全てアニメ化された/るという、
今最も勢いのある、脅威の漫画家ユニット。
でも読んでみたら納得の面白さだと思うよ。
ちなみにPEACH-PIT氏は桃種先生と略されてるのですが、
桃〜先生って所にちょっとドキッとしちゃうのは僕だけですかね?ああそうですか、サーセン。
他にも「All produced by PEACH-PIT Banri Sendou:Shibuko Ebara」という表記が、
「produced by Daisuke Asakura」「access Daisuke Asakura:Hiroyuki Takami」を、
連想されて何だか嬉しいというのは僕だけですかね?ああそうですか、サーセン。

あとこれは原作者からは離れてるけど、
ニコ動でローゼンアニメのテーマソングなんぞを繰り返し聴いてる。
ついでに明日買ってくるかなぁ…確実にヲタク満開。
しかも世間より一歩遅れてる感が。
アニメ自体は左程観たい気はないのだけど(原作とかけ離れてるそーなので)。
| 漫画:PEACH-PIT | 19:35 | comments(0) | trackbacks(0)


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